Mediocre Physicist

Mediocre theoretical physicists make no progress. They spend all their time understanding other people's progress.       - Jeff Bezos, Founder of Amazon.com

 

ここ数ヶ月というもの、あまり働く意欲が湧かずにいる。色々と動機はあるのだが、決定的な打撃に今週見舞われた。これをどう乗り切るかに私の残りの人生がかかっていると思う。何かの因果だろうが、今日たまたま Youtube で見た伊藤みどりさんのインタビューで彼女が次の世代のスケーターへ贈ったメッセージが、

自分の決めた道に後悔しない

というものだった。なんと潔い言葉であろうか。伊藤さんは女性としては歴史上初めてオリンピックでトリプルアクセルを成功させた事で知られているが、それを振り返って彼女は、もし失敗していたら何を言われたことだろう、と問いかけた。そして、でもそれは自分で選択した挑戦だったから仮に失敗しても悔いはなかった、と断言なさった。失敗したならその屈辱を一生背負っていく、という覚悟があの時のジャンプの裏にはあったのだ。自分で決めた道ならば自分で責任をとるしかないということだ。それまでに積み重ねた努力と研鑽の自負が無ければ決して言えない言葉であって、そこには勝ち負けや栄光を越えた、伊藤みどりという人の真に美しい生き様がある。

 

www.youtube.com

 

私は物理を大学で10年以上学んで、それを仕事にして今まで一応生きてきた。二度のポスドク生活の末、娘の安定した生活のために2年ほど物理から離れて別のことをしたこともある。でも物理の仕事がやりたくて我慢できず、またポスドクに戻った。この夏で今の仕事の契約が満期になるので、年明けに教職を探してあちこちに履歴書を送ったのだが、良い返事は来なかった。ただ、現在働いている学校に急に空きができて臨時教員として雇ってもらえることになった。結果としてはそれで一番良かった、というのもこの街には娘にバイオリンを教えてくださっている良い先生がいるので、別の街に引っ越すのはあまり気が進まなかったからだ。娘は、スズキ教本の3冊目にあるユーモレスクが弾きたいと言って頑張っているので、そこに彼女がたどり着くまではこの街に住みたいものである。

 

私は物理をやる才能には恵まれていない。計算も遅いし、理論の理解も悪い。人の二倍は時間がかかる。ではなぜ物理を選んだかというと、他のことはもっと苦手であったからである。私は不器用だし、人付き合いも下手である。走ったり跳んだりは大の苦手で、体力もない。本を読むのは好きだが、話したり書いたりするのは得意でない。自分にできることを細々と続けていたところ、私は出来損ないの物理学者になっていた。仕事が遅いせいで雇い主に迷惑をかけたこともある。今週、以前の雇い主に書いてもらった推薦状を読んでみて分かったのだが、彼は私に辟易していたらしい。物腰の柔らかい人で、面と向かって私に文句を言ってきたことは一度もなかったので全く知らなかった。嘘は書いてなかったが、私の無能ぶりを事細かに綴っておられた。ただ、思うに、飲み込みの悪いポスドクを指導するというのは彼の仕事の一部であったわけで、一方的にこちらだけが糾弾されるのは割に合わない。ポスドクは、ある意味学生の延長で、言わば武者修行のようなものである。別の大学に行って、下手をすると言葉も通じないところで研究をするのである。私はその間に子供を一人産んで育てたが、彼の推薦状にそういったことに対する配慮はどこにもなかった。彼の推薦状は求職先にも届いていたわけで、道理で良い返事が来なかったわけだと納得した。

 

普通、推薦状は本人に見せないのが鉄則である。彼がその推薦状を私に送りつけてきたというのは、多分、遠回しに物理をやめろと言っているのだと思う。大きなお世話である。私は物理を生涯かけて学んできたし、試験にも受かった。何も恥じることなどしていないし、できる限りの努力もしてきた。お世話になった先生方への恩もある。研究者としては出来損ないかもしれないが、物理を教えることは私にもできる。それが私のお世話になった先生方への恩返しだと思っている。この数日間いろいろと反芻したが、私は伊藤みどりさんを見習おうと思う。自分の決めた道に後悔するまい。物理を続けるためなら恥や屈辱も甘んじて受けよう。そう心に決めた。だって一度限りの人生だもの。